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森が育て、人が作る。榛東村・卯三郎こけしの伝統と革新

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穏やかな初夏の昼下がり、上毛三山の一つ榛名山の東麓へと車を走らせた。ゆるやかな斜面に並ぶのは、棚仕立てにされたブドウの木や田植えを待つ田んぼの風景。「卯三郎こけし」の工房は、そんな豊かな自然と暮らしが共にある榛東村に位置している。

白い小花を満開にしたミズキが出迎える、工房兼店舗がオープンしたのは43年前。三代目卯三郎・岡本義弘さんが、小学校2年生の時だった。

「渋川市にあった工房を、元々バイク工場だったこの場所へと引っ越しました。当時は色んな工場が海外進出をしていた時期だったので、タイミング良く広い土地が空いていたんです。高速道路も前橋IC止まりだった時代、草津や伊香保の温泉地へ向かう観光ルートの一つとして、営業を始めました」

移転前から見学を受け入れていたという工房では、角材を丸く形取り、削り、組み立てるこけし作りの工程を間近で見ることができる。店舗2階には入場無料の「こけし美術館」もあり、昭和初期以降の作品から、新たな時代を切り拓く職人たちの力作を鑑賞することが可能だ。

「先代の『お客様に職人の技術を見てもらい、良いものを納得して買ってほしい』という想いから、美術館の開放やこけしの絵付け体験を行っています。美術館に来館された方からは『作品を見て、こけしの見方が変わった』と言う声をよく聞きますし、絵付け体験を通じてこけし作りの難しさを実感し、職人の技術の高さを評価いただくことも増えました」

「お客様からは『また来たいです』と言っていただけることも多く、とてもうれしく思っています」

木工玩具から始まった、群馬のこけし文化

こけし文化の始まりは、東北地方の温泉地。ろくろ挽きの工法を特徴とした木工玩具は、主に湯治の客向けの土産物として作られていた。

「木材が豊富な群馬県では、昔から木工玩具を作る家が多くありました。群馬総社駅の辺りでは、電車を降りると辺り一帯からろくろの音が聞こえてきた……なんて話もあるほどです。当社は戦後に初代・卯三郎が観光土産のこけしを作り始め、今に至ります。作り始めた当初は日本画の先生に絵付けを習いながら、デザインや装飾を行っていたようです」

卯三郎さんが最初に作った作品は、観光地のミニチュアに添えられた二頭身の小さなこけし。情報通信技術の未熟な時代、「こけし」の名前だけが先行して伝わったのかもしれないと、岡本さんは作品を見て語る。たしかに、全体的に丸みを帯びた群馬のこけしは“童”をイメージさせる可愛らしい雰囲気があり、東北の伝統的なスタイルとして思い起こされる「筒形の胴体に丸い頭、ツンとした表情」とは違った趣がある。

「卯三郎さんは形に捉われない人で、こけしをろくろ挽きの工法で作ること以外は、自由なデザインや技法を取り入れて製作していました。例えば『ダッコちゃん』が流行った時代には『ダッコちゃんのこけし』を作っていますし、高崎観音や東京タワーができた時には、その時代に合わせてデザインされた作品が残っています」

「もちろん、問屋さんから『今はこういう物が流行っているから、そのこけしを作ってほしい』と依頼されて作ることもありました。玩具を卸していたネットワークを活かして、全国各地の名所へお土産品のこけしを納品することができたんです」

「日本一のこけし屋になること」を目標に、多様なこけし作りでシェアを広げた卯三郎さん。機械にも長けていたそうで、工場の機械化にも積極的に取り組み、工房の量産体制も早くに整えられたという。数々のコンクールへ参加する中で「卯三郎こけし」は独自のブランドを確立させていき、次第に「創作こけし」や「近代こけし」と呼ばれる新風をこけし業界へ吹き込んだ。

「当社のこけしの特徴は、技法とデザインと品質にあります。技法で代表的なものは『焼き』や『彫刻』でしょうか。昭和30年頃に初めて卯三郎さんが『焼き』を取り入れて以来、こけしの色に深みを持たせ、立体感を出す重要な工程として受け継がれています。卯三郎さんが今までにない技法やデザインへチャレンジしてこれたのは、元々こけし屋さんでなかったことが功を奏したのかもしれません」

技法とデザインと品質ーーそんな力強い言葉を裏付けるように、取材日直前に開催された「第64回全日本こけしコンクール」では、社長の岡本有司さんを始め、同社の職人7名の作品が受賞している。卯三郎の伝統を守りつつも、それぞれの職人の個性を活かしたデザインが光るこけしからは、初代・卯三郎の技術と想いが継承されていることが感じられた。

時代に合わせて変化する形、変わらない想い。

今や全国、そして世界で親しまれるこけしブランドとなった「卯三郎こけし」。昔から作られている「クラシカルなスタイルのこけし」と、年々進化を重ねる「ニュースタイルのこけし」はそれぞれ多くのファンを獲得している。

「定番のこけしは、昔から少しずつ海外に輸出していました。20年ほど前にはイギリスの商社から突然注文が入り、毎月10000個を納品し続けたこともあります。当時は連日夜遅くまでの作業が続き、『あと何個おかっぱを削るんだ……』と思ったことか。近年は近隣ヨーロッパからの注文も増えてきて、コロナ禍以前には日本観光で工房に立ち寄られる外国人のお客様も多くいらっしゃいました」

「なぜうちのこけしが海外で人気があるのか、理由はわからないんですよ」と岡本さん。やはりよく売れるのは、「おかっぱ頭に着物姿」のクラシカルなこけしだという。

「海外で開かれる物産展ではうちのこけしもよく販売されていて、こけしを持っていかないと『何でこけしがないんだ!』と言われるほど人気があるそうです。抽象的なデザインの東北こけしと比べて、群馬のこけしは着物を着ていますし、“四季”をテーマに作られているため“日本らしさ”を感じられるアイテムとして人気があるのかもしれません。木工作品はどんな空間にも馴染みやすいので、海外でも気軽に飾っていただけると思います」

一方、たまご型や丸型などの新たなデザインのこけしも好調だ。中でもひときわ目を惹くのは、映画やアニメの人気キャラクターがデザインされた「キャラクターこけし」だろう。

「キャラクターこけしを作り始めたのは、12年ほど前のことです。『ミッフィーの55周年記念の展示に、耳が付いたこけしを作れないか?』と問い合わせがあったことがきっかけでした」

全国を巡る展覧会向けに製作された『ミッフィーこけし』は、1年間で4000個を納品するほどの反響があったという。キャラクターのシンプルなデザインや鮮やかな色使いが、意外にもこけしと好相性。今では定番アイテムとして、人気の商品になっている。昨年末には大ヒット映画『鬼滅の刃』のキャラクターこけしも製作され、受注生産として2週間限定の募集を行ったところ、注文数は2400個に上った。

「キャラクターこけしに限らず、時代に合わせたこけしを作ることが重要だと感じています。例えば、昔は大きなこけしが人気でしたが、今は飾る場所も限られているので、小さなサイズが喜ばれます。自分が職人として働き出した頃は、定番のこけしばかり作っていたので、お客様の目線に立って『買いたい、飾りたい』と思うアイテム作りに注力しています」

「他にも、自分に子どもができた時に考案した『へその緒入れこけし』や、種類を集めて楽しむ『干支こけし』など、今までのこけしとは違う楽しみ方ができるデザインも考えています。気に入っていただけないと、買ってもらえないですから……時代に合わせたものが作れなければ、良いものも残らないんですよ」

森の温もりと人の想いを伝える“こけしの温度”

「卯三郎こけし」の工房は、数々の機械が動く音や削りたての木の香りに包まれている。他の伝統工芸品と同じく、分業制で作られることが多いこけし。同社では全ての工程を社内で手掛けており、担当する職人がそれぞれの分野で腕を振るう。専用に製作された機械の扱い方や職人の振舞いは無駄がなく、木材がろくろやサンドペーパーで削られる様は見ていてとても心地良い。

「材料をカットして、丸く削って組み立て、塗装する。全部で13工程あるこけし作りは、専用の機械を使って仕上げていきます。材料となる木は群馬県産の木材で、水の豊かな群馬県で良く育ち、木地が白くて木目が目立たない『ミズキ』を使うことが多いです。他にもサクラやケヤキ、クリなどの広葉樹をよく使います」

利根川水系の恵みは山の木々を育て、群馬のこけし文化を支えている。材料となる木材は県内の山から定期的に買い取られ、里山の循環も担っているのだそう。

落葉した木の皮を剥ぎ取り、群馬の乾いた冬の風に当てて乾燥させる工程は、職人の手作業で行われている。水分が抜けることで生じる割れや木の節を避けて木取りを行いながら、一つ一つ丁寧に作られるこけしは、まさに自然と人が共に作る芸術作品だ。

「木という素材の温かみは、こけしの魅力の一つになっていると思います。人間は本来、自然の物が好きなんでしょうね。木でつくられたこけしを見ると癒されるというか、金属やプラスチックでは表現できない“バランスの良さ”を感じます」

「戦争が起きたり、コロナ禍だったりする今こそ、多くの人にこけしで癒されてほしいと思います。アマビエをデザインしたこけしも、たくさんのお客様に喜んで頂きました。暮らしの中にそっと居てくれる心安らぐ存在として、こけしに愛着を持ってもらえるとうれしいです」

取材を終えると、岡本さんは小さなこけしを手渡してくれた。こけしを彩る装飾の下に、薄っすらと透ける木目。一つひとつこけしの顔が違うように、その内側に刻まれた年輪も“世界で一つだけのもの”だと思うと、手に取ったこけしがなんとも愛おしく見えてくる。

「時々『古いこけしを塗装し直してほしい』と、修理の依頼がくることもあるんですよ。買い直してほしいと思う気持ちもあるけれど、やっぱり、愛着が湧くものですからね」

手のひらに載せたこけしから感じるのは、森の温もりと人の想いが伝える“こけしの温度”だろうか。自然と歴史がつなぐ奥深さを感じるこけしの世界、時代の流れに合わせて変化し続けるこけし工房の“次なる時代のこけし”が楽しみになった。

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