命のバトン ~アンカンミンカン富所哲平~
最近、面白いなぁと思ったこと。僕が今ここにいるってことは?っていう素朴な疑問から、今日までつながれてきた命を辿ってみる。すると当然、僕の上には父と母がいて、どちらかが欠けていれば、もちろん当たり前に僕は存在していない。また父と母にも同様に、父と母がいて、その内の誰かが欠けていたら僕の父か母は存在していなくて、もちろん僕もいなかった。ためしに10世代遡ってみると、千人を超えるご先祖様がいたことがわかり、その内の一人がいなかったら、これまた当然に僕はいなかったということがわかる。そうなんです。僕は、途方もない奇跡の上にいました。あなたもです。この命のつながりをさらに辿っていくと、鎌倉時代の頃には1億人を超える先人たちの存在があり、彼らが粛々とつないできた命のバトンが、僕の手元に託されていることがわかります。本当に凄いことだと改めて思うし、このバトンをまた次に託していく。こうして時がつながれてきました。

生まれた時からモノに囲まれた便利で豊かな環境で育つと、これがデフォルトで、当たり前になって、途方もない奇跡の存在に気づきにくくなります。しかし、そこにあるつながりを認識することさえできれば、いま自分がここにいることが、当たり前でも何でもないことにきづくことができます。下手なことはできないなって思うと同時に、自らの与えられた役割を一生懸命に全うしなければと思うわけです。どんだけ重たいバトンを受け取って、次にどんなバトンを託そうかと考えます。そしてそんなバトンを託された唯一無二の自分を、精一杯、愛して大切にしたいと思えるはずです。 途方もない奇跡の上に、有る今。有ることが難しいけど、確かに有る今。だからこそ全てが”有難い”ものとして、ひとつひとつを、一瞬一瞬を、大切に。つながれてきた時を、その先へ。

